[主な内容] 巻頭言:人間回復を求めて 魚木アサ *関東活動センタープログラム報告 「初期キリスト教における霊性と批判的精神―ルカ文書を中心に―」 *関西セミナーハウス活動センター 2005年度開発教育セミナーご案内 *財団報告 ●2005年度 事業計画・収支予算 ●関西セミナーハウス活動センター 2005年度プログラム計画 ●関東活動センター 2005年度プログラム計画
■関西セミナーハウス活動センター 新所長紹介
私がアカデミーとかかわるようになったきっかけは、学生キリスト教運動(学生YWCA)の延長としてであった。かつて指導を受けた諸先生、先輩方とのつながりからで、主として関西セミナーハウスとのつながりであった。退職後関西に戻って再びプログラムに参加し、運営委員会に加わるなど、以来十数年を経たが、多様な現場との関係と多彩な活動の全貌を把えているとは言えない。賛助会員制度はあるが、会員組織のない運動の主体は誰なのか、実体は何かなど分らないことがあるなかで、日常業務と活動の責任の多くは事務局スタッフが負っている現状には心痛むことしばしばであった。 本財団の目的は「人間と世界の基本的諸問題を究明して、相互の理解を深め、自由、正義そして真理に立った人間生活の確立と社会文化の発展に寄与すること」。また、その目的実現のために、青少年の社会教育活動、その継続として成人への広範囲な社会教育活動などを事業内容としている。 今、言葉の貧困が問題とされている若者に、「はなしあい」はどのように実現するだろうか。片山哲氏による本誌の題字、ひらがな五文字の「はなしあい」は、アカデミーが求めている話しあいの意味を表しているようで味わい深い。話しあいの中心的関心事は「話しあわれる事柄ではなくて、話しあう人なのである」と。そして「話しあいへの要求は現代人の人間回復への要求だともいえる」との松村克己先生のお考えを思い起こす。 ユネスコは平和教育について、子供同士が異なる意見をどう超えるかが平和教育の出発点だと言っている。幼い日に話しあいは始まっているのだ。大人同士の話しあいとも無関係ではないであろう。コミュニケーションの手段が豊富になるにつれ、日本の家庭での会話はだんだん少なくなり、必要な話しあいまで省略される傾向があるのではないだろうか。 毎月発行される機関紙「はなしあい」には多くの問題が投げかけられている。ときにはそれらの中からテーマを選んで話しあいの時をもてるとよいと思う。 話しあいは、同じ平面に立って向き合うことによって成立する。異なる(年令・考え方など)点が多いほど豊なものとなることを経験する。ドラマティックな出会いとなることもある。アカデミーはその遠大な目的の実現のため、たゆまず「はなしあい」をつづけるものでありたい。人間回復を求めて。